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新聞コラムから |
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| ● | 日本経済新聞「春秋」16.10.27
評論家の富山和子さんがつくった「日本の米カレンダー二〇〇五年版」をいただいた。稲と水の出会うところ、日本の田んぼ。風景のおだやかさ、環境のふくよかさ、文化の奥深さ……。それらを守ろうと、富山さんが十六年前から出し続けているこの暦は、海外でも評判がいい。
| ▼ | 来年のカレンダーを彩る美しい田の風景に、京都府・由良川流域の夏(八月)と、新潟県・塩沢町の凍て田(十二月)を見つけた。由良川はことし台風23号で大増水し、乗客がバスの屋根で夜を明かした。塩沢は人気が高い魚沼コシヒカリの主産地で、まだ十万人が避難生活を送る、新潟中越地震の被災地に近い。 |
| ▼ | 土地の気候と人の暮らしと一体化した日本のコメづくりだが、台風や地震といった理不尽な災害といつも背中合わせで営まれてきた。それを骨身に染みて実感した今年は、国連の国際コメ年でもある。食糧、健康、貿易、環境など、多角的な視点から、コメは世界的に再評価されている。 |
| ▼ | 今、消費地に新米が出回り、炊きたての香りが食卓を包む。逆に、その供給元、米どころである中越地震の被災地・避難所で、温かいご飯は貴重品。冷え込みが厳しくなるこれから、新潟名物のっぺ汁、隣県山形の芋煮など、熱い汁とめしを大量に供する炊き出し部隊の出番ではないか。 |
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| ● | 日本経済新聞「春秋」平成8年10月19日
評論家の富山和子さんから早々と1997年版「日本の米カレンダー」をいただいた。「水田は文化と環境を守る」とサブタイトルがついている。毎年のことながら、美しい農村の写真に富山さんの思いを込めた短文が添えられ、月ごとに日本の原風景を楽しませてくれる。▼12枚の中に2枚だけ水田でない写真がある。7月の緑鮮やかな北山杉(京都)と、12月の吹雪に耐えてて立つ落葉樹群(新潟)だ。「米カレンダー」にしては変なようだが、富山さんの著書を読んだことがあれば不思議でもなんでもない。富山さんにとって森林と水田は切っても切れない関係にあるからだ。▼森林は雨水を蓄えて水田を潤す。木の葉は落ちて有機質となり、豊な土壌をはぐくむ。他方,山里に住む人々が森林を維持できたのは農業のおかげだった。木は植えてから伐採するまでに何十年もかかる。
その間を生きるには、たとえ棚田のように狭い土地でも農業がなくてはならない。こうして両者は持ちつ持たれつの間柄になった。▼富山さんは74年に書いた「水と緑と土」以来、水田がダムのような貯水力を持つことを力説してきた。水田には米の生産にとどまらない働きがあることを、いち早く評価した人だ。その機能を維持するには農業がしっかりしていなくてはならない。1年じゅう目に触れるカレンダーを通じて、富山さんは日本の稲作を守ろうと訴え続ける。
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| ● | 信濃毎日新聞「斜面」16.11.25
田園風景と一口に言っても、地域地域で異なっている。季節によっても変わってくる。千差万別、多彩で個性的な世界がそこにある。とりわけ水田がつくり出す景色は、日本人になじみ深い◆あらためてそのことに感じ入った、2005年版「日本の米カレンダー」で取り上げられた全国各地の写真を見ながらである。評論家の富山和子さんが制作を思い立ち、水の文化研究所から毎年発行されている。十六年目の今回は、冒頭の一月用に酒の蔵元の杉玉・酒林が登場する◆杉の葉を束ねて丸く刈り込み、新酒が出来上がった印として軒下につるす。木の文化、水の文化、米の文化が紡ぎ出す酒は日本文化の象徴との意味を込めた。二月は「春を待つ」と題して兵庫県村岡町の棚田を覆う雪が、緩やかな白い曲線を描く。三月は東京町田市、耕された田の傍らで桜が満開だ◆長野県からは下水内郡栄村の秋山郷が入っている。秋も十月、まだ周囲の山は緑に包まれ、対照的に水田が黄金色に輝く。手前には刈り取られたばかりの稲が、横六段の高いはぜに掛かっている。ねこつぐらをはじめ観光客に人気の名物わら細工には、手作業の稲刈りが今も欠かせない◆<自己の文化を誇らかに守っている/山村がかがやいてこそ/日本列島の山も川も守られ/都市の生活も保証される>。こんな言葉が、カレンダーには添えられている。効率一辺倒に傾きがちな時代だ。だからなお、水田文化の持つ重みがしみじみと伝わる。
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| ● | 盛岡タイムス(天窓)2004年1月4日
今年は「国際コメ年」である。「コメは命」とのスローガンを掲げ、お米の大切さを、世界規模でアピールするのが趣旨だ▼米は多くは水田で耕作される。田の水の源には森林がある。水の文化研究所代表の富山和子さんは、15年前から、「日本の米カレンダー」を作り続け、稲作文化をはぐくみ支えてきた自然の恵みと、人々の営みの尊さを訴えてきている▼毎月のページに、一文を添えた風景写真がある。棚田があり、稲の天日干しがある。緑に囲まれた田んぼ。空の色を映す水面。水路に架かる小さな木橋、という象徴的構図もある。04年版にも、そんな山村の光景が収められている。どの月の写真も、ふるさとの原風景がよみがえり、見ほれてしまう▼1月の暦は、初日の出で飾っている。国際コメ年からの着想で、日本は米文化の完熟国、との思いを込めたのだという。世界へ発信しようとの心意気だろうか。農政不在が指摘され、豊作でも不作でも農家の憂いは晴れない、との国内事情もあるが、地球規模の懸案にも目を向けねばならない▼世界の半数ほどの人々の主食である米が、十分に生産され、公平に行き渡れば、数億人とされる飢餓人口が解消される。来月、そのためのシステム開発などをテーマに、ローマで世界コメ会議も開かれる。日本も農水省に推進本部を設置。今月、民間の日本委員会も発足する▼山紫水明が山死水迷に堕している、と酷評される農業環境問題もある。コメは命と啓発し合う年にしたい。
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| ● | 産経新聞(産経抄)平成14年10月20日 【論説委員 皿木喜久】
「空も土地も木も私にささやく、お帰りなさいと」東京では表情が重かった曽我ひとみさん(43)の、故郷・佐渡での第一声にはやはり胸が熱くなった。東京から新潟までの新幹線の中でメモにした言葉だという。 ▼曽我さんも他の4人と同様、複雑な事情を胸にしまって帰ってきたに違いない。しかし、新幹線が長いトンネルを抜けた後、刈り入れが終わった越後平野の水田や、遠くの山並みを見て気持ちが開かれた。素直に日本人の心に戻ることができた。そう思えてならないのだ。 ▼そんな折、早くも来年の「日本の米カレンダー」(サン制作03・3669・8371)が送られてきた。立正大教授の富山和子さんが毎年作っておられる。鮮やかな稲作の写真をいつも楽しみにしているのだが、来年の九月は、越後平野のたわわに実った稲穂である ▼そのキャプションで、富山さんはこう書いている。「重く垂れた稲穂を見ると それだけで幸せになり天に感謝し土地の豊かさを思う これはもう遺伝子に刻み込まれた日本人の血 民族の心」。しかし富山さんの言いたいことはそれだけではない ▼もともと、この信濃川氾濫原も洪水に悩まされる土地だった。昭和になって排水ができ、今のような穀倉地帯に変わったのだという。今、最も忘れてはならないのは、山に木を植えて水をたくわえ、灌漑ををしながら米を作ってきたこの国や故郷の歴史であり文化なのだ ▼中教審の教育基本法改正素案が、新たな教育理念として愛国心や郷土愛を盛り込んだ。軍国主義を教えるのではない。こうした歴史や文化への思いを育もうというのだろう。曽我さんを熱くしたのも、土地や木や川の向こうに見えた母国の人々の営みではなかったのか。
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| ● | 毎日新聞 平成14年11月20日【小島正美】
ふるさとを守ろう「日本の米カレンダー」完成
日本の文化は米作りのうえに築かれた。水田が失われたら、日本のふるさとも消えるー。そんな危機意識から、環境問題の評論家で、立正大学教授の富山和子さんが90年から毎年発行している「日本の米カレンダー」の来年版ができた。水田は米の生産だけでなく、水をためるダムの機能、農村の文化・風習の維持などの多面的な役割を果たしている。日本の美しい風景も水田に支えられている面が強いが、その肝心な水田が次々に消えていっているのが現状だ。富山さんは水田風景の写真を通じて、水田を守ることの大切さを訴えようと、米カレンダーを毎年作製してきた。03年版は写真家の前田真三さんら8人の写真計12枚を収めた。写真に富山さんの解説文がそれぞれ付いている。
例えば、5月の写真は佐賀県肥前町の棚田(田北圭一さん撮影)。「海に面した棚田地帯はどこも水の乏しい台地。(途中省略)女も子供も一家総出で水を担いで山道を登り、一滴を我が血のごとく大切に使いきった日々がある」なとと解説し、美しい水田風景が血のにじむ労力で維持されてきたことを訴える。
富山さんは「今も全国の農村を歩くが、どこも年々人が少なくなり、本当にさびしくなっている。このままだと日本人の心の原風景ともいえる水田光景がなくなってしまう」と胸を痛める。英語の解説文は、大阪市に住む翻訳家のユーニス・ディビィ・アレンさん(英国出身)が担当。今春には香川医科大学が英訳文を入試問題に使った。アレンさんは「日本の米の文化を英語で学ぶテキストにもなります」と話している。カレンダーは1部1300円(送料別)。
申し込みはサン制作(TEL03・3669・8376 Fax03-3669-8378)。
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| ● | TBSラジオ「秋山ちえ子の談話室」平成12年10月24日放送
(前省略)
富山さんの「日本の米カレンダー」っていうのは、富山さんは何時でもお米と日本人というのは母と子のようなもの、日本の文化は、米づくりの上に築かれてきている。それが今危機に瀕している。これでいいのだろうかとカレンダーを毎年作り、本を書いてらっしゃる。「日本の米」「水と緑と土」「水の文化史」「森は生きている」「お米は生きている」「水と緑の国、日本」を次々に出して、日本と米づくり、稲作のことをお書きになり、そして大学の先生もしてらっしゃる富山さんなんですね。2001年の米カレンダー、これはいつものように日本全国の四季折々の田んぼと稲作、米づくりをいい写真を使っているカレンダーなんですね。
(途中省略)
富山さんの応援団のようなつもりで、やっぱり日本の文化、米作り、水田を守りましょう。そのためには、ご飯を食べましょう。お母さんたちもパンとか、子どもたちがパンの方が美味しい、サンドウィッチの方が良いって言っても、"ご飯って美味しいのよーって"それで"日本の農業に合っているのよーって"そうゆうふうなことを言って。ご飯をもうちょっと食べる習慣、ご飯を食べると太るとおっしゃる方いますけど、そんな食べ過ぎなきゃ大丈夫なんですよね。稲の豊作が喜べないなんてことが早く解消できるようにということを私は祈りたいと思います。では今日はこれまで。皆さんごきげんよう。
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| ● | 毎日新聞「余録」平成12年11月3日
フランスの聖堂のステンドグラスを思わせる。下部は一面かすかな光をたたえたコバルトブルーの水面、中央の濃紺の山なみをはさんで、上部に鈍い朱色の空が残っている。▲鳥取県国府町の棚田夕景。日はすでに沈み、残光が棚田を青く照らしている。あぜ道の影がステンドグラスの枠のように見える。美しいだけではない。宗教的な雰囲気さえ感じさせる。富山和子さんの2001年版「日本のこめカレンダー」5月の写真である。▲「日本の米カレンダー」もこれで12年目。あと何十年かかろうと撮り尽くせないだろう。それほど日本の農村の姿は多様だ。同じ棚田でも、国府町のような棚田もあれば、千葉県鴨川市の大山千枚田のように3fに400枚の水田があり、美しい曲線を描くものもある(3月)▲6月は富山県礪波平野の散居村を見下ろした珍しい写真。手前は森林、その向こうに林を伴った屋敷が水田のあちこちに点在している。それをまるごと博物館にしようという国の「田園空間博物館事業」がはじまった。
礪波平野の散居村は、その第1号だ。▲「農業は単なる食料の工場ではなく、環境や文化の担い手です。それなら風景全体を地域ぐるみ人ぐるみ、生きた博物館として守っていくことはできないか」。農水省の食料農業農村基本問題調査会で富山さんがこう提案したのが発端だった。都会の子どもたちも、修学旅行で農村まるごと博物館を見学、研修できたらきっと楽しいだろう。▲「水と土の国土を守り、美しい日本語と技術を残せたら……」というのが冨山さんの願いだ。英語のカルチャーの原義は耕作で、転じて文化になった。農村の風景を守ることは、日本の文化を守ることでもある。きょうは文化の日。日本の米カレンダーの問い合わせは株式会社サン制作、03・3669・8376まで。
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| ● | 読売新聞「編集手帳」平成12年11月23日
ご飯のとき「頂きます」と唱える。「お百姓さんに感謝の気持ちで」と、子どものころ確かにそう言われたのに、長く忘れていたような気がする。きようは勤労感謝の日◆「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」と法律にあるが、「新嘗祭」を懐かしく思われる方も多いのではないか。天皇が新穀を天地の神々に供え、自らも食される収穫感謝の祭りだ◆古く稲作到来以来の、農民の民俗行事に由来するのだろう。「嘗」はなめるだけではない。「旨」の字が示すように、旨いものを味わう。まさに新米のおいしい葉節だ◆手元に来年版「日本の米カレンダー」(サン制作)が届いた。評論家富山和子の企画で、「水田は文化と環境を守る」をテーマに、四季折々の農村風景の美しい写真に心がなごむ◆十一月は、奥飛騨の田んぼで稲を干す「はさかけ」の写真だ。こうして今、各地の農家は冬支度に入ることだろう。今年は三年ぶりの豊作だった。本来めでたいきずなのに、「コメ余り」の悲しい現実がある◆国民一人あたり年間のコメ消費量は現在六十キロ強、ここ十年で十キロ減った。なお減反を迫られ、農村景観も変わっていくだろうが、その際、「文化と環境を守る」水田に感謝の気持ちは忘れまい。
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| ● | 朝日新聞「天声人語」平成6年11月18日
来年の話にはまだいささか早いが、新しい年の暦を頂いた。「富山和子がつくる−日本の米カレンダー(旧暦入)」である。表紙に「水田は文化と環境を守る」と大きく書いてある。▼それぞれの月を飾る大判の写真12枚がすばらしい。どれも、水田や米や森に関係のある図柄ばかりである。石狩平野の水田には、北海道の大きな青い空が映っている。長野県の山の中では,一枚一枚は小さいが、なみなみと水をたたえた棚田が斜面に並んでいる▼「水田はダム」という説明文がある。「水田は降水を貯える治水のダム/地下水や川の水を提供する/利水のダム/川の水も地下水も湖水の水も/むろんダムの水も/水田と森林が作っている……」▼稲干しの写真は冷たいやませ(北東風)が吹く青森県南部地方の風景だ。東風を嫌い、西風が入るようにと西に向けて小屋状に稲穂を積み上げてある。土地の様々な条件に合わせてて工夫するから、各地で稲架(はさ)の姿も変わる。▼高知県安芸市の「野良時計」は珍しい。家々に時計がなかった明治時代の半ばに、畠中源馬という人が自作の巨大な時計台を作り、野良からみえるようにしたのだという。百年を経てなお健在、みごとなものである。▼ひと月ずつ、ゆつくり見ながら考えた。いずれも懐かしい風景である。こういう風景が、あまりにも少なくなっている。小動物が姿を消し、子どもたちの遊び場がなくなった。自然循環はとまり、何世紀もの間に培われた日本の環境は、激変した。思いは来年から次の世紀に及ぶ。たとえば、中国が工業的に発展して外貨を蓄え、なお人口が増え続けて農業生産が追いつかず、大量に食料を輸入する国になるとしたら、世界の食料事情はどうなるだろう……▼最大の食料輸入国日本は,今こそ農業の将来と自給の問題を考えておかなければなるまい。
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